今回もまた、M.Oさんが、全曲所感を寄せてくださいました。いずれも奏者への優しさがあふれた文章です。
M.Oさんは、演奏会の最中、ずっと目を閉じて音に集中しています。その頭の中でどういう風に曲が耳から頭に入ってどう解釈されていくのかわかりませんが、録音がなくてもM.Oさんはその演奏を記憶をたどって頭の中で反芻して所感を書くのでしょうね。その集中力がいかばかりか想像もできませんが、ただただすごいなあと、感服してしまいます。いつもありがとうございます。以下に転載させていただきます。奏者氏名はイニシャルに変えています。
ここから ―――――――――――――――――
さて、感想と雑感です。
いつも以上に適当な事を書いている気はするんですが、印象が薄れるとなんか文章のための文章になってしまいそうで、取り急ぎ送ります。
今回はなんか全体の印象としてまったり落ち着いていた感じでした。凄い演奏で興奮の連続というより、リラックスした雰囲気が連続していた趣がありました。
●第一部 ―――――――――――――――――
★K.Sさん
ショパン 華麗なる大円舞曲Op.18
個人的な第一印象は「このテンポ落ち着くなあ」というものでした。この二十年くらいでこの円舞曲のプロの演奏は徐々にハイテンポになってる気がして久々にこの感じの演奏を聴いた気がします。まあ、譜面の指示はVivoなので現代のピアニストのテンポ感も間違いではないんですが、あくまで私自身の感覚です。
結果論ですが、振り返ってみると、今回のなんとなくまったりとしたアフタヌーンピアノンノの始まりにまさにふさわしい演奏だったと思います。
★K.Tさん
玉置健人 夢後に揺蕩うゲオスミン
玉置健人 Let me be gentle
ゲオスミンをタイトルに入れた楽曲、初めて見ました。皆が、「ゲオスミンって何?」と言っていたので簡単に説明すると、地中の真菌類が生産する芳香物質で雨の降り始めに地面からわずかに発せられる化合物です。人の嗅覚はこのゲオスミンにかなり敏感で、かなり遠方で雨が降り始めたら「なんか雨が降りそうな臭いがする」と感じる事があります。「夢後に揺蕩うゲオスミン」ということは、「窓を開けたまま昼寝していて、目覚めてぼんやりしてる時に部屋に入って来る風の中に雨の臭いをなんとなく感じて、何か現実感がなくてまだ夢の中にいるような様子」を表現したのでしょうか。実際、そんな感じの曲想でした。続くLet me be gentle、解釈として「私を怒らせるような事はするなよ」なのか「全くこまった奴だなあ」なのか、どちらかはわかりませんが、曲を聴く限りおそらく後者でしょうか。とにかく優しさが前に出てる曲でリラックスできました。まあ、どちらも解釈は私の大いなる勘違いかもしれません。その時は悪しからず。
★Y.Mさん
モールアルト きらきら星
シンプルにテーマのユニゾンで終わると思いきや、後半は連弾となりボリューム感がでて、最後も洒落ていて、こんな編曲もあるんだと面白かったです。Y.Mさんの打鍵は曖昧さがなく、すっきりしたとても気持ちの良い演奏でした。
★Y.Sさん
エルメンライヒ:つむぎ歌
全音ピアノピース007番。かなり久々に聴きましたが、やはり残る曲にはなんらかの魅力があるものですね。特にY.Sさんのように一つ一つ丁寧に音を紡いでいく感じに弾くとなんともほのぼのした気持ちになり、この曲の良さを再認識しました。
★A.Mさん
久石譲:遠き時代を求めて(紅の豚)
好きな作品を弾く時のA.Mさんの集中力というのはいつも感心すると同時に、音楽への向き合い方について私自身も襟を正してしまいます。今回も最初の一音から「紅の豚」のあの世界観が広がっています。久石譲作品が好きと言うよりもやはりあの作品の音楽だから惹かれるという事もあるのでしょうか。ともあれ、出したい音へのこだわり、歌いたい旋律が存分に内面から外へ広がっていて良かったです。
★E.Uさん
ショパン:幻想即興曲Op.66
ショパン:子守歌 Op.57
幻想即興曲は毎度、何が幻想で何が即興なのかよくわからない曲ですが、やはりピアノという楽器のために作られた作品なんだろうと思います。そんな事が感じられる隅々までよく響く演奏でした。
やはりピアノでしか表現できない音の配置がよくわかった気がします。
子守歌はショパンとしては珍しいオスティナート伴奏の作品で、二部の舟歌同様に、右手の修飾演奏をいかに繊細にかつダイナミックに演奏するかが肝だろうと個人的に思うのですが、E.Uさんの演奏では息の長いフレーズも途切れることなく見事に表現していて感服です。
★W.Oさん
ベートーヴェン:エリーゼのために
一音一音、慈しむように弾かれた「エリーゼのために」とてもよかったです。きちんと自分なりに音楽の流れを掴んで表現できていたところも非常に感銘を受けました。と同時に単純ながらベートーヴェンの構成力の良さを再認識できました。この曲を弾く事が出来るようになると、自然と音楽作品への構成感を身に着けることができるのかもしれません。「エリーゼのために」、昔は「なんでこんな作品が有名なのか」とか思っていた時期もありましたが、虚心坦懐に聴くと、やはり歌謡性とシンプルな構成、多少の名技性などが合わさって良くできた作品だと今は思います。
★T.Tさん
平石博一:スティルライフ
ジョン・ケージ:Dream
スティルライフという作品は初めて知りました。タイトル通りの曲ですね。じっくりと音を重ねて分離してそしてまた重ねてと、音と音の間の感じが良かったです。Dreamは気が向いた時にCDなどで聴いていた曲で、実演に接することができて嬉しく、生で聴くとこんな感じに響くのだなとわかって、ちょっと感動しました。どちらの曲もペダルをどのように使ってあの音を出しているのか気になりました。弾く順番は確かにスティルライフが先の方が良かったですね。
★A.Oさん・M.Oさん
サンサーンス:死の舞踏
久々にヴァイオリン+ピアノでこの作品を聴きましたが、凄くいいですね。リスト・ピアノ独奏版、ホロヴィッツ・ピアノ独奏版、管弦楽版、吹奏楽版など様々な編曲がありますが、やはり骸骨を表現するにはヴァイオリンが必要だなと実感。管弦楽版にも弦パートはありますが、やはり合奏でなくソロヴァイオリンの木の質感が必要なんですよ。無論、それぞれのヴァージョンに良さがありますが、サンサーンスもおそらくはヴァイオリンを弾く死神のイメージはあったんじゃないかなと勝手に想像してます。
★Y.Mさん
ショパン:ワルツ5番 Op.42
ショパン:ラルゴ B.109
シューマン=リスト:献呈
演奏が始まる時、「荒ぶる気持ちを落ち着かせるために途中でラルゴを入れる」と聞いて「凄いなあ。自分のコントロールを曲目で調整するのか」と驚きました。普通はそんな精神状態だと「あの曲で落ち着かせよう」と言う発想は出てこないと思う訳ですが、何というか音楽への忠義心が本物なのだなと感じました。そして献呈の非常に激しい演奏を聴いていると、音楽への熱い想いと実際のピアノとの格闘の落差に悩んでいるのかもしれないとも思いました。当然、素人な私からは何もアドバイスはできない訳ですが、これからきっと若さと情熱で乗り切ってゆく事になるのでしょう。今後どんな成長ぶりを見ることができるのか、個人的にはワクワクしています。あと、鉄道も好きなんでしょうかね。ご存知かとは思いますが、アルカンの「鉄道」という曲にも挑戦してみるのも良いかもしれません。
●幕間 ―――――――――――――――――
幕間:K.Tさん マイクロフォンフォンの実演
ハウリングを調整する事で音高と音量を調節するマイクロフォンフォン。生じる音はデジタル音源ながら、その発音機序は極めてアナログであるところに新しさを感じました。
年寄なので、シュトックハウゼンの「万国博覧会」などをついつい思い出しましたが、偶然性に頼る訳でなく、かといって予め設定した演奏様式になる訳でもない。どうしても部分的に不確定要素が入り込みやすい楽器と思われるので、意外と尺八や琵琶などの和楽器に似た所があるのかなと思いました。演奏法に熟達しても、なかなか決められた譜面通り演奏するのは困難なような気もして、むしろそこに可能性を感じます。個人的には既存曲を頑張ってきっちり演奏しようとするよりも、何気ない鼻歌のような原初的な音楽の表現に向いているのではと思いました。
●第二部 ―――――――――――――――――
★M.Oさん
ドビュッシー 前奏曲集から亜麻色の髪の乙女
ドビュッシーは実生活では愛憎劇ドロドロな感じで、側にいたら相当に迷惑な人だったようです。しかし、残された作品にはその人間関係ドロドロ要素はほぼ皆無で、まるで人間以外のこの世界の博物誌のような趣を持った作品が多いです。前奏曲集は特にそんな感じで、それぞれにドビュッシー自身がつけた表題があります。ただ、彼が自然や様々な事物から本当の所は何を感じ取ったのか、そしてどこまで本気で表題を考えたのか微妙な所もあるような気がして、随分昔に前奏曲それぞれに個人的に勝手に新たな表題をつけてそのイメージで鑑賞するようになりました。で、「亜麻色の髪の乙女」です。おそらくは片想い的なロマンスをぼんやりと想像しながら演奏する人が多いとは思いますが、私のイメージは「珊瑚礁」なのです。水深数mの淡くブルーな背景に広がる極彩色の珊瑚の森。M.Oくんの演奏はその珊瑚礁の個人的なイメージに完全に合致した繊細で広がりのある色彩感あふれるもので、昔に想起した珊瑚礁のイメージが久々に鮮明によみがえりました。
★K.Oくん
メンデルスゾーン:三つの幻想曲あるいはカプリス
Mrs.GreenApple: 天国
メンデルスゾーンでは小節単位で枠組みを作ってかなりカッチリした古典派様式を意識させる演奏でしたが、Mrs.GreenAppleになった瞬間に一気に狂詩曲風になってびっくりでした。まるで木簡に篆書体をじっくり刻印していたところから、3畳くらいある和紙いっぱいにいきなり2mの筆で草書体を描き始めたような衝撃がありました。きっと、どちらもK.Oくんの溢れんばかりの内なる音楽なのでしょう。
★M.Oさん
大平万里:コラールとアリエッタ
30年前の大学院時代になんとなく弾いていたものの録音が残っていて、それを昨年発見して改めて譜面に起こしたものです。曲と言うよりも、旋律に簡単な伴奏や和音つけただけの稚拙な音楽です。ただ、音楽というのは、その頃の空気感を結構鮮明に封入するもので、録音を聴いた瞬間、忘れていた「あの頃の感じ」に心はすっかり戻ってしまいました。とはいえ、不思議な事に、今の自分が譜面を見ながら繰り返し弾いていると徐々に「今の空気の音楽」に変容してゆくのです。要は今の自分の身体に馴染んできたということでしょうか。私事ながら、ちょうど1年前に母が亡くなりました。亡くなる直前にこの曲を母のそばで弾き、なんというか母が最期に聴く音楽として意外と合ってるなと思いました。別に母の最期のために作った訳ではないんですけど、因果が巡るというやつでしょうか。
★Y.Sさん・W.Oさん
木村弓:いつも何度でも
Y.SさんとW.Oさんの素直な演奏を聴いて、改めて名曲だなあと思いました。歌詞もそうなんですけど、曲自体も本当にいいですね。今のところ、ジブリ作品で興行収入トップの「千と千尋の神隠し」なんですが、やはりこの作品におけるこの曲の存在感は大きいなと思いました。おそらくは年齢を重ねた後にこの曲を再び弾く時、今とは違う何かを感じるような気がします。というか、この作品が公開された時、二人ともまだ生まれてないんですね。
★Y.Oさん
ドビュッシー:前奏曲集から沈める寺
M.Oくんに続いてドビュッシーの前奏曲です。「沈める寺」は個人的なイメージは「シロナガスクジラの凱旋」でした。遠くからエコーロケーションをかけながらクジラが迫ってきて、ついには大接近してその圧倒的な存在に我々人間はひれ伏し、そしてまた遠くへ去ってゆく、そんなイメージを持っていたのですが、Y.Oさんの演奏を今日聞いて新たな視点・考えが浮かびました。それはドビュッシーが作曲した当時のピアノ(主にベヒシュタイン)と現代のピアノは基本的なシステムが同じながらもやはり様々に改良が重ねられ、随分と違う楽器になっているのではという事です。現代ピアノで存分に響かせて大音量で弾ききる「沈める寺」はやはりドビュッシーが想定した音量の閾値を超えているような気がしないでもない。といっても、ドビュッシーの意図を外しているという訳ではない。ということで、Y.Oさんの演奏を聴いて新たに生じた妄想は「シロナガスクジラと原子力潜水艦との邂逅」。現代ピアノの合理的な設計による工業化の象徴たる原子力潜水艦と数千万年前に海へ進出した大型哺乳類との邂逅。要するにそれくらいスケール感のある演奏だったという事です。
★I.Kさん・S.Kさん・N.Mさん・A.Mさん・A.Oさん
松任谷由実:春よ、こい
中島みゆき:ヘッドライト・テールライト
どちらも個人的に思い出深い曲で二人の歌声にすっかり浸りきってしまいました。「春よ、こい」は朝ドラで使われていた頃はそうでもなかったんですけど、合唱曲として歌われるようになって、高校の合唱部が春になると盛んに練習するようになって、春先の学校の初々しい喧騒を連想してしまう曲になりました。前奏をちょっと変えると「戦場のメリークリスマス」になる事に気付いたのはちょっと後になってから。「ヘッドライト・テールライト」もまたNHK某番組のテーマソングの頃にはあまり聴いてなくて、単独でじっくり聴くようになって、いろいろな出来事と関連しあって印象深い曲になりました。同じ中島みゆきの「時代」にちょっと似ている所がありますね。ヴァイオリンの間奏も良い味わいが出ていて素晴らしかったです。
★M.Oさん
ショパン:舟歌 Op.60
今回、オスティナート伴奏ショパン作品2曲目。こちらの方はよりドラマ性があり、舟歌といいつつ波乱も途中にあるスケール感のある作品。M.Oさんの演奏、以前に比べて随分と「潤いが増した」と思いました。平たく言えは「円熟」と言う事なんでしょうけど、例えて言うなら「シフォンケーキと思って手にしたら実はベイクドチーズケーキだった」という感じの充実した演奏だったと思います。ソフトペダルを使わずにこの芳醇な演奏というのも何気にすごいです。
★A.Oさん・T.Sさん・Y.Mさん
米津玄師:打上花火
やたらにハイテンポ・ハイテンションな米津玄師の主題歌だらけな今日このごろですが、じっくり聴かせるタイプの「打上花火」は多くの人が米津玄師を知るきっかけとなった曲でしょう。しかし、もう7年前なんですねえ。弦楽とピアノバージョンは初めて聴きましたが、歌唱ではサクサク進むところが少し汲々と切なく歌われてなんともいえない情緒を醸していて良かったです。この曲、合唱曲にもなってるようで、ある意味汎用性があるなあと思います。さすがに「Plazma」や「Bow and Arrow」は合唱曲にはならないよなあ、と三人の演奏を聴いていて思ったりしました。
★M.Mさん
プロコフィエフ:ピアノソナタ7番2楽章
ビゼー・ホロヴィッツ:カルメン変奏曲
意図してなのかたまたまなのか、まずこの順番で弾くことにしたアイデアに脱帽です。プロコフィエフ7番2楽章は「鐘」が象徴的に何度も登場し、その余韻を残して怒涛の終楽章につながってゆく訳ですが、そこからカルメン変奏曲へというあまりに自然な流れに驚きです。鐘による不穏な予感からカルメンの悪魔的で奔放な挑発が始まる訳です。カルメン変奏曲は、そもそもホロヴィッツは譜面に残してるわけでなく、あくまでホロヴィッツ自身の即興演奏が元です。しかし、ホロヴィッツマニアの人々がホロヴィッツの録音から採譜してその譜面がインターネットの普及と共に1990年代初頭に日本のピアノ愛好家経由で世界中に広まりました。今となっては、相当な数のピアニストのアンコールピースとして定番の曲になっています。そして、かなり最初期に演奏会でカルメン変奏曲を弾いた一人が北大ピアノクラブの大渕良弘氏です。その大渕氏の演奏に感化されたM.Mさんがついに今回挑戦した訳で、時の流れを感じます。弾けるときに弾く。大事な心掛けです。で、演奏ですが、要所要所の強烈なアクセントがちゃんとあって悪魔的な響きも強調されていて、実にメリハリのある私好みの演奏で感動しました。腕に覚えのあるピアノ愛好者あるいはプロのピアニストがしばしばこの曲に挑戦する訳ですが、やはりいくら譜面通りにすべて正確に打鍵し、爆速でスマートに弾ききっても、それだけではこの曲の底知れなさは出てこないのです。どうしても「アクの強さ」と「悪魔的な部分」がないと物足りない。個人的には多少のミスタッチよりも「アクの強さ」「悪魔的な部分」の方が大事です。その点、M.Mさんの演奏は私としては完璧です。
●第三部 ―――――――――――――――――
★水本桂さん
ショパン:バラード2番 Op.83
ベートーヴェン:ピアノソナタ31番 Op.110
ショパンのバラード。これまでの演奏からして「張り詰めた感じでグイグイ聞き手を惹きつけてゆく感じ」なのかなと想像していたら、今回は「ゆったりとした物語の潮流に身を任せさせてくれる」ような「いつのまにか馴染んでゆくショパン」のように感じました。全体を俯瞰して各部分の音楽要素を適宜配置しているような印象。「見通しが良い」というとありきたりな表現になってしまいますが、ともあれ桂さんの気質は変わらなくとも、その表現は年々深化してゆくものだなと実感できました。
無論、ベートーヴェンも同じ事が言えて、桂さんが北大にいた頃には「ベートーヴェンが何言いたいのかわからない」とか言いつつ、ベートーヴェン作品をバリバリ弾いていた記憶があるのですが、ピアニストとしてのキャリアの他に、人生経験も重ね、世界の情勢も変わり、自身でも気付かない内面的変化があるのだろうと思います。「この曲は一生かけて勉強」と言う話をしてましたが、ベートーヴェンがこの曲を作ったのは51歳の時。やはり、その年齢に近づくと何か見えてくるものもあるのかもしれません。
●アフター特別編 ―――――――――――――――――
★M.Iさん
ラヴェル:「クープランの墓」から「前奏曲」「フーガ」
「鏡」から「道化師の朝の歌」
クープランの墓、バロックの箱庭のような、あるいは触ったら壊れてしまう干菓子のような実に微妙なニュアンスに満たされた充実した演奏だったと思います。
薄い紙一枚をはがしたらすべて崩れてしまそうな絶妙なバランスのうえに成り立っている感じで、聴き手の私までドキドキしてしまいました。弾いた時間帯(夜8時前後)の空気感も影響していたのかもしれません。とあもれ、M.Iさんが私たちだけにこっそり見せてくれた宝箱と言ってもいいかもしれません。
ところが、道化師の朝の歌となると当然ながら、一転してがらっと空気が変わります。前年の演奏は私の場合BDでしか聴いてませんので、正しい比較ができるかどうかわかりませんが、今回の演奏で強く感じたのは「音の遠近感が効果的に出ていて、音像の広がりを感じられた」ということです。どういう工夫でそれが実現しているのかわかりませんが、バスク地方の荒原における道化師の朝の歌のイメージがより鮮明に聴こえてきた感じがしました。
ここまで ―――――――――――――――――
M.Oさん、演奏会の3日後にこの所感を送ってくださいました。昔、学生時代、演奏会終了後の打ち上げで、演奏会のアンケートをみんなで楽しく読んでいたことを思い出します。自分の演奏にフィードバックがあるのは本当に嬉しいものでした。M.Oさん、お忙しいのにありがとうございました!